過酷な荒波で育つ「海峡サーモン」
本州最北端の下北半島に位置する青森県むつ市大畑町。荒々しく波立つ津軽海峡を臨むこの地域で養殖されているのが「海峡サーモン」です。津軽海峡の荒波に揉まれ、大きく育つ海峡サーモンのセールスポイントは、プリっと締まった身質と、上品な脂の旨み。プロの料理人をもうならせる、豊かな味わいの秘密をご紹介します。
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「非常識」への挑戦
大畑町はかつてイカ漁で栄えた港町ですが、1989年(平成元年)に深刻な不漁に見舞われたことをきっかけに、「獲る漁業」から「育てる漁業」への挑戦が始まりました。目を付けたのは、津軽海峡の低水温を好む大型ニジマス(通称:ドナルドソンニジマス)の海面養殖です。しかし、青森県内では冬場の時化(しけ)により海面養殖は困難とされており、ましてや年間を通じて波が高いことで知られる津軽海峡での養殖は「無謀」「非常識」と言われるものでした。
その難題に立ち向かったのが、漁業者7人で結成した「大畑さけます養殖漁業研究会」でした。荒天によって生け簀が破壊され養殖魚が全滅したり、エサを与えても思ったように生育せずにへい死が相次いだり……。さまざまな困難に見舞われましたが、「津軽海峡の厳しい環境こそが最高のサーモンを育む」との信念の下、サーモンを安定生産するための漁法を、手探りで切り開きました。2003年(平成15年)からは研究会を前身として発足した「北彩漁業生産組合」が海峡サーモンの生産を担うようになり、現在はむつ市を代表する特産品となっています。
「二段階養殖」で美しい銀色のサーモンへ
海峡サーモンは、淡水魚のニジマスを海面養殖したものです。かつては成長性に優れた「ドナルドソンニジマス」から始まりましたが、現在はより海水への適応力が高い「スチールヘッドトラウト」が主流となっています。一般的なニジマスの魚体には、その名の由来である赤色(虹色)の帯が見られますが、海峡サーモンは海面で育つため、その帯が薄く、全体的に鮮やかな銀色をしています。
海峡サーモンはまず、生まれてからの約2年間を冷涼な淡水で飼育し、基礎体力や免疫力をしっかりと身につけさせます。その後、海水環境に適応できる個体を選別します。淡水で成熟し切った魚は海水では長く生きることができないため、未成熟の個体が選ばれますが、そのほとんどがメスです。
そして、海へ移す前に行われるのが海水に馴らす「馴致(じゅんち)」と呼ばれる作業です。始めは淡水と海水が半々程度に調整された生け簀に入れ、24時間を掛けて徐々に海水濃度を上げていきます。「急に海水濃度を上げ、一度酸欠にしてしまうと、海に移ってからエサを食べなくなってしまう。水温と酸素量は絶えずチェックしていますね」と話すのは、北彩漁業生産組合の組合長・濱田勇一郎さん。当初は馴致作業に1週間以上かけていましたが、試行錯誤を重ねて現在の工程にたどり着いたそうです。サーモンは水温が20℃以上になると死んでしまうといわれています。そのため、海に移す馴致作業は海水温が16℃以下になる、11月中旬以降に行われます。
津軽海峡の環境とこだわりのエサで極上の品質に
馴致作業を終えると、サーモンは沖合にある生け簀に移されます。ここでは1立方メートルあたり2~4匹という極めて低い飼育密度で、ストレスを抑えて育てられています。与えるエサは、魚粉や大豆粕、ビタミンなどを中心としたドライペレット(人工飼料)。さらにこのドライペレットには、くさみを抑える抗酸化成分の多いバナナやニンニク、八甲田山麓に自生するクマザサも独自に配合し、養殖魚特有の生臭さを抑えています。
沖の生け簀では海水温が上がるまで、最大8カ月間育てます。海峡サーモンは、津軽海峡の激しい潮流に負けないように泳がねばならず、エサを食べてどんどん体を大きくしながらも、身はぎゅっと引き締まっていきます。
最後に魚体を仕上げるのが「エサ止め」です。水揚げ前の約1週間、エサを与えないことで、くどさやくさみのない身質に仕立てます。そして漁獲後、船上ですぐさま水氷で締めます。また、一部の個体(全体の15~20%程度)は、漁獲した時点で活締めし、すぐにエラを切り、海水の入ったタンクの中で徹底的に血抜きをすることで、鮮度と美しい肉色を保ち、鮮魚としての付加価値を高めています。これらの個体は、港に着いてすぐに、加工されます。
海峡サーモンが生鮮品として出回るのは5月中旬から7月にかけての初夏に限られます。さらに、細胞を壊さない「液体急速凍結技術」の導入により、解凍後も生に近い食感と風味を保った冷凍品が一年中楽しめます。
旬のお刺身が最高!プロもうなる豊かな味わい
海峡サーモンはドライペレットのみを食べて育つため、天然魚につきもののアニサキスなどの寄生虫の心配がありません。そのため、安心してお刺身やカルパッチョなどの生食で味わうことができます。
上品な脂の旨みと鮮やかな見た目。首都圏や西日本の一流シェフから「サーモン特有のもったりとした脂っぽさや養殖特有のにおいがなく、サーモンが苦手な自分でも美味しく食べられる」と絶賛された食味です。特に、旬の時期に活締めした海峡サーモンのお刺身は、その魅力を最大限に堪能できる逸品です。
濵田さんは加工品の開発にも積極的にチャレンジしています。
お刺身用の柵はもちろんのこと、水煮やほぐし身、お湯を注いですぐ食べられるお茶漬けのほか、海峡サーモンの皮を使用した「皮チップス」は、パリパリ食感がやみつきとなり、お酒のあてにもぴったりです。
これからも信頼の味を全国へ
海峡サーモンの今後について、濱田さんは「むやみに生産量を倍増させるのではなく、手の届く範囲で信頼を損なわない品質を維持していきたい」と語ります。「開発の中で痛感したのは、コストや効率だけを追い求めると味がブレてしまうこと。人間の舌は敏感で、食べた人はちょっとした違いでもわかってしまいます。一つ一つの作業を手抜かりなく行い、いいエサを与えて育てると身質が整う。そうしたサーモンを出荷し続けてきたことで消費者からの信頼度は上がりました。『できるだけ良いものを、いい状態で届ける』。これに尽きると思います」。
全国に「ご当地サーモン」は100ブランド以上存在しますが、「海峡サーモンならでは、というこだわりや工夫が、かなりあります。まずは実際に食べてもらいたい。そして違いを感じてほしいですね」と濱田さんは力を込めます。
津軽海峡の荒波と、生産者の熱い想い、そして一切の妥協のない手間暇が育て上げた海峡サーモン。極上の旨みとプリプリの食感を、ぜひご家庭でも味わってみてはいかがでしょうか。これまでのサーモンの概念が覆るかもしれません。













