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マーケティング情報


青森りんごの輸出の現状と展望(2004年4月)

青森県農林水産部総合販売戦略課 副参事 深澤 守

はじめに

りんごの消費量は、輸入果実・果汁の増加と国産他果実との競合、長引く景気の低迷等により、年々減少しているのが実情です。
 このため青森県では、平成一五年産から適正着果量確保推進運動を強力に進め、摘果等により適正な生産量に抑えた上で、関係機関と団体が一体となってりんごの消費宣伝対策に取り組んでいるところですが、りんごの販売価格の上昇を図るためには、今以上に国内流通量を適正水準に保つ必要があると考えています。 かつては、りんごの生産量が需要量を上回った場合、ジュース等加工用へ一定量を回すことで、生果の価格の下落に歯止めをかけることができましたが、現在は本県の生産量を上回るりんご輸入果汁の増大で容易に調整できる状況にありません。  このため、本県のりんご輸出は、かつて加工りんごが果たしていた国内の需給調整機能を果たすことが第一の目的であり、現在、台湾を主体に国内市場から高級品を主体に一定量が輸出されていますが、これが国内需給を安定させている一因であると考えています。
  青森でのりんご栽培は、明治八年に内務省勧業寮から三本の苗木配布を受けてから約百三十年。意外と思われるかもしれませんが、輸出は明治三二年に始められたとの記録が残っており、実に百年以上の実績があります。最大時は、シェアで生産量の二一%(大正三年)、輸出量で二万千トン(昭和一五年)が記録となっています。  りんご輸出については紆余曲折があって現在に至っていますが、本稿では、現在青森りんごの九五%の輸出先となっている台湾での取り組みを中心にしながら、青森りんごの輸出の現状と将来展望について紹介します。

一 りんご輸出の変遷

 青森のりんごの輸出は百年を超えると冒頭紹介しましたが、本県から初めてりんごが輸出されたのは、明治三二(一八九九)年に、ロシア・ウラジオストック向けに行われたとの記録が残っています。次いで、中国市場に参入し、明治四三(一九一〇)年には、上海に販売拠点が設けられました。
 その後、世界大戦をはさんで、輸出は減少しましたが、そうした中で戦後の昭和三〇(一九五五)年に日台貿易協定にりんごが加えられたことが、今日の台湾向けりんご輸出が好調に推移している背景となっています。
 明治から昭和にかけての輸出の経緯についてはさておき、平成時代に入ってからの輸出の変遷について整理してみます。
 平成時代のりんご輸出は大きく二つの流れがあります。一つは昭和時代まで続いていた商人系の東南アジア向け輸出です。平成元(一九八九)年に東南アジア諸国・地域向け輸出拡大のための市場調査団が派遣され、香港、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、台湾のマーケット調査が行われています。これら地域へのりんご輸出は、昭和初期の輸出と異なり、高級りんご輸出に変更されています。海外市場への進出が図られた背景には、平成二(一九九〇)年に完全自由化されたりんご果汁の輸入急増や国内市場がバブル崩壊で景気低迷し消費が減退してきたことがあげられます。  しかし、平成時代の輸出は、戦前、戦後に記録した一〇〇万箱(元箱)の輸出には遠く及ばず、平成八(一九九六)年で二〇万箱程度となっています(生産量の〇・七%)。また、平成九年にピークを迎える東南アジア地域の通貨危機など、再び輸出先の事情によって、戦後一貫して一定量の輸出を行っている台湾を除いて低迷しています。
 もう一つの流れは、我が国りんご市場開放に対抗した動きです。りんごそのものは昭和四六(一九七一)年に輸入自由化されていますが、植物防疫法の規定で、我が国に未発生の病害虫が存在する国からの輸入を禁止しています。それが、平成五(一九九三)年のニュージーランドを皮切りに米国、オーストラリア、フランスと次々と輸入解禁されました。 輸入解禁に当たっては、農業団体を中心に大反対となりましたが、結果はGATT(現WTO)による貿易自由化への流れの中で押し切られました。しかし、日本市場を開放する見返りとして、米国、ニュージーランド、オーストラリアの輸入解禁も同時に行われました。
 このため、農業団体を中心に、ただ手をこまねいて輸入させるだけではなく、相手国にも積極的に輸出をしようということで、平成五(一九九三)年からニュージーランドへ(平成一三年に打ち切り)、平成七(一九九五)年から米国への輸出を開始しています。  アメリカ向け輸出は、現在も継続されています。アメリカが日本に輸出するのと同様に、指定園地の設定やアメリカの検疫官の検査などを受け入れての輸出であり、アメリカ側に対しても日本の指定する検疫措置を維持させるためにも意義深い取り組みとなっています。

(表一)県産りんご国別・年産別輸出量の推移 (PDF:45KB)


二 台湾向けりんごの輸出

(一)台湾向け青森りんご躍進
  台湾の人口は約二千二百万人。りんごの消費量は一人当たり七・二kgで、日本の約一・七倍あります。 台湾は、バナナを筆頭にパパイア、マンゴーなど熱帯果実の宝庫で、りんごは、山間地にわずかに栽培されているのみで、台湾にとって最大の輸入果実です。年間一二万トン程度の輸入のうち、トップはこれまで輸入制限がなかった米国が八割のシェアを占めていました。
 しかし、台湾のWTO加盟(平成一四年一月)によって、日本産は急増し。加盟前の一二年産青森りんごの輸出量(財務省統計から県推計)は約千五百トン、加盟後の一四年産は約七倍の一万一千トンに拡大し、一五年産は一六年五月の時点で一万四千五百トンで、このうち青森産が九割程度を占めると見られています。
 台湾向け増加の背景は、何といってもWTO加盟による輸入枠(日本向け二千トン)の撤廃と関税引き下げ(五〇%→二〇%)です。これに付随して輸入枠の入札制が廃止されたことも大きく影響しています。
 輸入割当制時代は、台湾政府が入札によって輸入業者を選定していて、これまで大手業者の独占状態が続いていましたが、WTO加盟後は入札制度が廃止され、多くの輸入業者が青森りんごを扱うことができるようになりました。
 また、米国産は二〇〇三年の米西海岸の港湾ストや台湾向けりんごからコドリンガが発見されたことから一時的に輸入が止まったことなどがあって急減しています。その後もワックス処理に健康面の懸念を持たれ、大幅にシェアを落としていると言われています。
 今年一月に青森県りんご輸出協会と青森県が共催した、輸出促進ミッションの際、台北市内の卸売市場や果物専門店を見て回っても、青森りんごが溢れていていて、米国産や韓国産を見つけるのが難しい状態でした。
(写真一)台湾の青果物専門店「水果行」には、青森りんごがずらりと並ぶ


(二)青森りんごに高い評価
 台湾で、日本のりんごが珍重されるのは、旧正月中心の贈答需要や神仏供養の習慣があるからです。世界一、むつ、ふじ、金星など大玉品種が中心です。春節(旧正月)の装飾は赤一色に染まりますが、本県の色つきの良いりんごがこうした装飾に大変マッチします。
 台湾は日本の統治時代から親日感情が高く、メイドインジャパンへの憧れが強いといいます。現地で年配の人に話を聞くと、子供時代は病気をしないと日本のりんごは食べられなかったとか。日本に置き換えると中高年世代のバナナと同じ感覚です。バナナは値段も安くなって大衆化しましたが、台湾での青森りんごは依然として高級果実です。
 しかし、WTO加盟後は中小玉のふじや王林など、家庭消費向けのりんごが相当伸びています。青森りんごの食味・品質の良さが認められたことは勿論。関税引き下げなどで、割当制当時より価格もやや下がっていることもあって、一万トンを超える輸出実現の原動力になっています。
 もっとも、日本のりんごはまだまだ高く、専門店やデパートではふじ(二八玉サイズ)が、一個二五〇から三二〇円で売られていました。贈答用のむつ八個入り一箱で五千二〇〇円、文字入りのむつ一個千五百円と、日本でも滅多にお目にかかれない値段で売られていました。でも、小玉の無袋ふじ一個八三円との価格設定もあり、米国ふじ九九円、韓国ふじ一三二円に匹敵する価格の県産りんごも登場しています。
 今回の、台湾輸出プロモーションでは、初めて現地の全国紙と女性雑誌に青森りんごの広告を掲載しました。WTO加盟で、長野県や岩手県など国内産地も台湾にミッションを送り込んでいます。米国、韓国や南半球の諸国など競争相手も多く、青森もうかうかしていられない。広く台湾消費者に青森りんごの産地ブランドを強く印象付けることを狙った取り組みです。

(写真二)左:台湾のマスコミに初登場の青森りんご宣伝広告
(写真三)右:高雄市の大手百貨店前での青森りんごフェア

(三)輸出で国内価格を下支え
 日本の市場でも、台湾向け取引が活発で、一三年、一四年と二年続いた価格低迷から抜け出し、一五年産価格上昇の大きな要因の一つになっています。約一万四千トンの出荷量は青森りんごにとっては、四国四県の市場規模を上回る新しいマーケットの誕生です。
 従来、加工分野が担っていた生食用価格の下支機能。中国からの輸入果汁の増加で失われてしまいましたが、加工用の下位等級品ではなく高級品から一定量を国内市場から隔離することによって国内生食用価格を維持するという意味で、輸出分野でその役割を取って代わろうとしています。
 今回の台湾訪問で、青森りんごはすこぶる好調であり、関係者の評価も非常に高く、輸出の担う役割が益々重要になっていることが実感できました。
 今後も台湾向け輸出の一層の拡大を図るとともに同じ生活習慣を持つ中国本土への輸出についても検討するなど、関係機関とともに取り組んでいきたいと考えています。

(図一)青森県産りんごの消費地価格の推移

 

三 県産りんご輸出の将来展望

 現在、県産りんごの輸出は九五%が台湾向けです。台湾向けりんごは、二カ年続けて一万トンを超える輸出実績を確保しており、青森りんごにとって一定規模のマーケットとしてほぼ定着したものと見られます。
 輸出量も現在の一万五千トンを更に上積みすることも十分可能ではないかと考えていますが、国内生産量や国内相場との関連もありますから、どの程度の数量まで伸びるかは予想がつきません。関係者は三万トン以上に拡大したいとの希望は持っているようですが・・・・・
 台湾と中国の関係は先の台湾総統選挙でも大きなテーマとなりましたが、統一か独立かが争点ともなり、独立派の陳水扁総統が再選されました。当面、中台間の三通禁止(通航、通信、通商)が維持されることになりそうです。  この結果、中国産のりんごが台湾に流通することは先延ばしになりました。しかし、中台関係の将来は不透明です。台湾市場に中国りんごが溢れることもそれほど先の話ではないかもしれません。
 このため、台湾でのりんご輸出の足固めをしっかりしながら、更に、新たなマーケットを求めて、中国市場への輸出を検討しているところです。
 今年に入ってから、中国本土向けのりんごテスト輸出が全農青森や東北大学などによって三回行われています。青森県と青森県物産協会でも上海向けに直接輸出し、デパートでの試験販売を試みています。この販売では、デパートが仮オープンで客の入りは少なかったものの、ギフト物を中心に比較的健闘したものと見ており、中国向け輸出促進のモデルケースとして評価しているところです。

 今後は、中国側の複雑な貿易システムや流通経路を含めて、今回の取り組みを十分に分析し、それを踏まえ、九月には上海において輸出商談会を開催するとともに、一一月には現地バイヤーを青森県に招聘し、中国本土に対する本格的な輸出促進に努めて行くことにしています。
(写真四)上海久光百貨店における青森産りんごのテスト販売

おわりに


 青森県では、「攻めの農林水産業」の振興を大きな政策目標に掲げています。
 「攻めの農林水産業」は、厳しい販売環境に対応するために、生産から販売・流通までを結び付け、収益性のアップを図ることを基本とし、県産農林水産物やその加工品を売り込んでいくという販売を重視する農林水産業の振興策で、県政の重要な柱に位置づけています。
 県産農林水産物の輸出振興も「攻めの農林水産業」の大きな政策の一つで、輸入農産物の増加や産地間競争の激化などにより低迷を続けている農林水産物価格を今後とも安定的に維持していくためにも、品質に優れた県産農林水産物の新たな販路として海外市場を開拓していこうというものです。
 青森と言えばりんごと言われるほどりんごは青森農業の基幹であり、郷土の誇りです。一三〇年にわたる青森りんごの歴史と伝統を今後も維持・発展させていくためにも、世界中のマーケットに目を向けて、青森りんごの売り込みに、生産者・関係者ともども頑張っていきたいと考えています。


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